鉄仮面魔法少女まりん−13page






 男が”視え”た。
 今、どんな姿をしているのか。
 自分のいる場所が”視え”た。
 歪みの中にいるのが分る。
 これが疑似空間にいるという事なのか。
 それはまるで3次元映像をあたかも第三者的な複数の視点で見ているような不思議な感覚。

(なによ、これ…)

 無意識に呟いて、真鈴は自分がそれを声に出せていない事に気付いた。
 はっとして腕に力を込める。
 だが、動かない。いや、そもそも腕とはどうやって動かすものだったのか?
 パニックを起こしそうになった瞬間に冷静な『声』が意識に割って入る。

(落ち着いて下さい)
(…マリン?)
(今、真鈴さんの体は私の制御下にあります。ですから、真鈴さんが体を動かそうとしても動かす事は出来ません)

 それを証明するかのように真鈴の意志とは無関係に体が動く。
 鉄仮面を被せた腕は、鉄仮面から離れ加減を確かめるかのように同じ動作を繰り返す。
 支えを失ったはずの鉄仮面は、接着剤で張り付いたかのように顔から落ちない。

(思っていた通り…素晴らしい。理想的なカラダです)
(…なーんか、いやらしい言い方ね)
(落ち着いたみたいですね。真鈴さん)
(とりあえずはね。で、大丈夫そう?)
(ええ、真鈴さんの身体なら私の力を十分に発揮できます)
(そりゃ良かった。けど、相手はあんな奴よ?)

 自分の体を自由に動かせなくとも、今の真鈴とマリンの意思疎通には何の不自由もなかった。指差す事が出来ない代わりに、真鈴の指しているものがなんなのかマリンには容易に理解出来る。

(白疫鬼…ですね)

 すでにそれはヒトではなかった。
 軽自動車クラスの大きさの蜘蛛。それも頭の部分に人間の上半身がくっついていた。
 顔の部分はさっきの男のものではなく、頭髪のない老人になっている。
 それはこちらを見て、緑単色の瞳を細めて笑った。

(白疫鬼?)
(封じられた魔物のうちでも上位に位置します。なるほど、奴ならば誘き寄せて狩るなどといった強気の行動も理解できます)
(強いの?)
(かなり)
(ほんとに大丈夫でしょうねっ)
(ええ、大丈夫です)

 自信に満ちたマリンの『声』。
 まるでいままでとは別人のようだった。

「マジック・アーマー・セットアップッ!!」

 ふいに真鈴の声が公園に響く。
 真鈴が、え? と思った時には虚空より生まれた光が真鈴の体に絡み付いていた。
 光は線と化して形を描いていく。
 左腕に、胸に、腰に、脚に。体のいたる所に絡んでいく。
 線の固まりであったそれら、線の重なり交わりによって生まれた面が塗りつぶされていく。

「セットアップ・コンプリート」

 光の残滓を振り払うように体ごと左腕を振る。
 さっきまで、ただの普段着しか身につけていなかったはずが、銀色の金属のような光沢を放つプロテクターが体の各所に張り付いていた。
 いや、それだけではない。
 服もいつのまにか着ていたものとは違うものになっていた。
 体にぴったりとフィットしたプロテクターを除けばライダースーツのようなシルエット。
 腰の回りに付いているプロテクターの下には何枚ものしなやかな布が重なってスカートを思わせる。

(な、なにこれっ!?)
(物理攻撃、魔法攻撃。どちらにも有効なマジックアーマーです。私の魔法と真鈴さんの着ていた服によって構成されています)
(私の服ってっ!!? これ元に戻せないのっ?)
(もちろん、魔法を解除したら元通りになります)
(本当でしょうねっ)
(ええ。…それよりも)

 マリンは魔物へと注意を向けた。
 魔物は身を少し低くする。

(来ますよ)

 それが引き金だったかのように。
 魔物が迫ってきた。







 そこに存在する。
 その存在を認める。
 何者であろうとも阻め。



「フォース・ウォールッ!!」


 突き出した両手より放たれた不可視の防御壁が白疫鬼の突進を阻む。
 勢いを殺しきれず、脚が地面を数十センチ擦っていく。
 白疫鬼が片手を振り上げる。だが、それが何かを引き起こすより早くマリンの方が一手早い。

「マジック・ミサイルッ」

 マリンの背後より現れた無数の光球が尾を引いて次々と白疫鬼へとぶちあたる。
 それを食らいつつ魔物は吠えて突進してくる。

「うぉぉぉぉっ!!」

 8本の脚がばらばらに一瞬前までマリンの居た位置を貫く。

「ちっ」

 白疫鬼は真上を見え上げる。
 そこには紙一重で宙に逃れたマリンの姿。

(ふわ…、と、飛んでる)
(このマジックアーマーは肉体強化もかねているんですよ。身につけている限りは運動能力は数倍に跳ね上がります。もちろん、肉体に相応のポテンシャルがあればの話ですが)

 落ち着いた口調で説明するマリン。
 そこに不安というものは一切感じさせない。



 緋色の力よ。渦を巻け。
 弧を描き、円を描き、球を成せ。
 大気を震わせ、全ての形を奪え。




 手に平に生まれた灼熱の空間。
 落下しつつ、着地点で迎え待つ白疫鬼に叩き付ける。

「ファイアーボールッ!」

 視界を染める赤。
 着地と同時に再び跳んで、距離をとる。

(す、すっごーい)

 気分はまるでアクション映画の観客のようだった。
 戦っているのは自分の体のはずなのに、完全に他人事になっている。
 だが、それも当然だろう。
 いまや体を動かしているのはマリンであって、真鈴では指一本動かす事も出来ない。
 今、真鈴の前で起きている出来事はただの映像なのだ。
 スクリーンの向こう側に手を伸ばしても届かないように、真鈴とは関係のない世界の出来事。
 後は上映時間が終わるまで、映画の内容を楽しむしかやる事はないのだ。

(ねぇっ、ところで封印の中に戻すって話じゃなかったっけ?)
(いえ、ちゃんと封印しますよ)
(だけど、やっつけちゃったじゃない)

「まさか」

 マリンが薄く微笑んだ。
 だが、その声に暗い響きが混ざっているような気がしたのは真鈴の気のせいか。

「この程度で滅する事が出来るのなら、”絶対者”様がとっくに滅していますよ。…そうですよね?」

 言葉の最後はいまだ燃え盛る炎の中への問いかけだった。
 そしてそれに応えるように炎を割って、白疫鬼が姿を現す。
 その表情は実に憎らし気である。

「やってくれるな。道具風情が」
「無傷とはいかないまでも、その程度で済むとは。やはり魔物の魔法耐久力は侮れませんね。…しかもこれでまだ力が低下している状態だというのですから。”絶対者”様以外の魔術師が勝てなかったのも当然ですね」

 魔物と封印の番人。
 再び向かい合った二人の間に緊張が高まっていく。






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