友野辺駅より少し離れた交差点。
そこの中央に立つ一人の男。
時刻はまだ陽が落ちたばかりで、多くの車が行き交うはずが道路上には一台として存在していない。ただ、道の脇に無人で駐車されているものが並ぶばかり。
道路沿いに並ぶコンビニや本屋、ファーストフードにはガラス越しに見える限りでは客も店員もいない。
なぜならば、ここは疑似空間。”本物”を模して作られた”偽物”でしかない。
ここにいるのは男が一人きり。
男の名は白疫鬼。封印より脱した魔物が一つ。
「くはぁぁぁぁっ」
大きく口を開けて白煙を宙へと吐き出す。
それは大気に溶けて、新たな病をばら撒く…はずだった。
「バキューム・ホール・オープンッ!!」
「なにっ!?」
散ったはずの白煙が風に束ねられ見る見るうちに一点へと集う。
驚愕に彩られた魔物の顔が一瞬にして崩れる。それは嘲笑だった。
「よもや、再び我が前に顔を出すとは思わなかったぞ。番人よ」
「あたしもあの時には夢にも思わなかったわよ」
「ほう、ならばなぜ。あの場を逃れた代償に多くの魔法を失ったはず。戦いによる滅びを望むか?」
「まっぴらごめんよ」
歩道橋の上。欄干に腰掛けて魔物を見下ろす少女。
右手には鉄仮面、突き出された左手には球体となった白煙。
「クローズ・アンド・イレイズッ!!」
光の粒となって白煙が消えた。
「これが病気の元凶? そんなもん毎日ばら撒かれたらこっちはたまんないのよ。学校が休みになるのはありがたいけど、友達までかかったら一緒に遊べないじゃない」
彼女は鉄仮面を顔に当てる。
「だから」
手を離しても顔に貼りついたかのように剥がれない。
「とっとと封印に帰ってもらうわよ」
魔物は笑った。体全体を軋ませながら。
「できるものならばやってみるがいい」
「そのつもりっ」
彼女は欄干から飛び降りた。と、同時に叫ぶ。
「マジック・アーマー・セットアップッ!!」
光が尾を引いて包み込み、着地した時には姿が一変していた。
そこにいたのは紛れもなく一昨日に白疫鬼と戦った姿だ。
「セットアップ・コンプリート」
前へと目をやると、魔物も本来の姿へと変わっていた。
場所こそ違えど、まるで一昨日の再現のような形だった。
「ゆくぞっ」
まるで白疫鬼の姿が膨れあがったと錯覚させるほどのスピードで突進してくる。
地面を蹴ってそれをかわす。が、勢いが余って街灯にぶつかりそうになる。
「うわわっ」
プロテクターの付いた左腕を叩きつけて、その反動でブレーキを掛ける。
叩きつけた部分はベコリとへこんでいた。
『跳びすぎっ、跳びすぎだって』
『こっちでは微調整は無理なんです。パワーコントロールは肉体を制御してる側の問題なんです』
『普段と勝手が違いぎるぅ』
『同じだったら困ります。とにかくがんばって下さい。真鈴さんだけが頼りなんです』
『ううっ、ちょっと甘く見てたかなぁ』
頭の中でマリンと会話しつつ、仮面の裏で顔を引きつらせる。
今、真鈴の身体を使っているのは真鈴自身だ。肉体制御の魔法が使えなくなったマリンの替わりに真鈴自身の意思で体を動かしている。
普段の数倍の力を出せるのはいいが、マリンと違ってありあまるパワーをコントロール出来ないでいる。
『来ますっ』
『分かってる』
再び突進してくる白疫鬼。また横っ飛びでかわそうとする。
だが、今度はそれを読まれていたのか、白疫鬼はかわした方へコースをかえる。
『マリンッ』
『はいっ』
突きだした両腕。
意識に浮き上がる言葉をそのままに読み上げる。
それを許さず。
その存在を許さず。
何者であろうと否定する。
「フォース・シールドッ!!!」
両腕の先に現れたマンホール大の力場が迫り来る魔物の脚を阻む。
1本目をそらし、2本目を受け止め。だが、3本目はフェイントで4本目が見えざる盾を越えて襲いかかる。
「くっそぉっ!」
「逃がすかよっ!」
脚をくぐり抜け距離を取ろうとする真鈴の背中に向けて、白疫鬼が両腕を突き出す。
『真鈴さんっ、避けてっ』
マリンの警告よりも早くに真鈴は反応し、それよりも大気より創りだされた糸が彼女を絡め取る方が先だった。
「つまらんな」
落胆した風に白疫鬼が言った。
「何か策でもあるかと思ったが。明らかに先日よりも弱くなっている。それとも、やはり滅びに来たか? …む?」
我が吐息は赤熱の炎。
触れる物を焼き尽くす。
「その体勢から攻撃魔法なぞ当たるはずもない。血迷ったか?」
嘲笑するが、次の瞬間に魔物は驚愕する。
「ファイヤー・ブレスッ!!!」
彼女の姿が炎の中へと消える。
「な…に?」
己が目を疑う。
何が起きた?
見たものをそのままに言うなら、番人は自らに向けて魔法を放ったのだ。
何の為に?
その答えはすぐに分かった。炎の中から飛び出した影によって。
「狂ったかっ!!!」
思わず魔物は吠えた。
そう、それはありえない事。いくら糸の束縛から逃れる為とはいえ、自分に向かって炎を放つなど正気の沙汰ではない。
だが、魔物以上に驚いた者がいた。
『あー、怖かった』
『怖かったじゃありませんっ、何考えてるんですかっ!』
『いーじゃない。ちゃんと抜け出せたんだし』
『マジック・アーマーの対魔法防御の限界を越えちゃったらどうする気だったんですっ』
『あの程度なら大丈夫だって言ったのマリンじゃない』
『た、確かに言いましたが。例え話だと思って。まさか本当にやるなんて思いませんっ』
『この話はここまでっ。いくよっ』
「ちっ」
白疫鬼が我に返った時には真鈴は眼前まで迫っていた。
魔法に備えて意識を集中する。
この距離で使用可能な魔法で致命的になる魔法はそうないだろう。
強力な魔法を使うにはあまりにも近い距離。
「必殺っ!」
だが、真鈴のとった手段はあまりに魔物の思惑を外れすぎていた。
「首狩りラリアットッ!!!」
首から上をもぎ取られるかのような衝撃。
一瞬、何が起きたのか判断が付かない。いや、冷静に判断出来る状況にあろうが同じだったかも知れない。
魔物は混乱して腕をでたらめに振り回す。手応えあり。
「ギニャッ」
猫を踏んづけたような悲鳴が聞こえた。
そちらの方を見ると、地面に叩きつけられた真鈴が頭を振りつつ立ち上がる所だった。
「何者だ…、貴様」
いまさらになって白疫鬼は気付いた。
今、目の前にいる存在が一昨日とは違うモノだと。
自分自身に躊躇無く攻撃魔法を放ち、奴等の最大の武器である魔法を使わずに肉体を使っての攻撃。
そんな番人がいるとは信じがたかったが、確かに今ここに存在する。
「人にモノを聞くのなら、自分が先に名乗るのが礼儀じゃない?」
人差し指を立ててチッチッチと横に振るそれに、魔物は哄笑した。
「ならばっ。我が名は白疫鬼じゃっ。全ての病の主なりっ!!」
片手を腰に手を当てて、背筋を伸ばし真鈴は仮面の奥でニヤリと笑った。
見えないはずの挑発的な笑顔は、確かに魔物に届いていた。
「そうね」
特に深くは考えずに真鈴は名乗った。
「あたしは”まりん”。鉄仮面魔法少女のまりん」
仮面の奥から真鈴の視線と白疫鬼の視線がぶつかり合う。まるでお互いを食い合うが如く。
「ならば、まりんよ……。ゆくぞっ!!」
「来いっ!」