家の中が静まり返った。
誰も彼も目を見開いている。
……あれ? イヌカイさんまでビックリしていますね。
そういえば言ってなかった気もします。
アマノが声を震わせながら言った。
「ば、馬鹿な。夢売りは不老のはずでは」
「はい。でも不死ではありません」
ミンは嘆息する。
よく誤解されるのだ。その下りは。
場所によっては夢売りの血肉が不老不死の妙薬になるという風説が流れて襲われる事すらあるのだ。
だいたい、そういった地域は安全度がデンジャーに設定され、夢売りは決して近づかない事になるが。
ミンは胸に手を当てた。
「私達は神々にこの姿で創造され、そして老いる事もまたありませんが、10年を超えて生きる事を許されてはいないのです」
「じゅ、10年?」
血印者の若者が呆然と呟く。
「はい、10年です。人間の半分にも満たない寿命です。だからこそ、私達夢売りは一所には長く留まらないのです。より多くの人に眠り粉を渡す為に。
この村にたどり着いた時点で彼女がどれくらいの月日を生きてきたか、それを知る術はありませんが、寿命の4分の3以上をこの村に捧げた事になりますね」
「そ、そんな。イミはそんな事言ってなかった。どうして言ってくれなかったのだ……」
若者は目に涙をためて言った。知ってさえいれば……。そんな心の声が聞こえるようだった。
「言ってもあなたを困らせるだけだからと思います。これはただの推測ですけど」
ミンはアマノに改めて向き直った。
「イヌカイさんを放して頂けませんか?」
「そ、それは出来ん。現にこの3年間、夢売りが現れなかった。また、同じ事が起きたら」
強情ともとれる発言。しかし、言葉とは裏腹に顔色には苦痛の色が浮かんでいた。
アマノは村長として村人の幸せを第一に考えていたのだろう。そして、その村人にはイミも含まれている事も。
勝手な思い込みと非難するのは簡単だろう。だが、この枯れ木のような老人は村人全体を、村そのものの責任を背負って生きてきたのだ。
「アマノさんの若い頃の事は分かりませんが。この三年間、夢売りが現れなかったのはイミさんが8年もこの村に留まったせいですよ」
「なにっ?!」
「私達は本来、一所に留まらない身。それがイミさんは8年も留まった。彼女から聞いていませんか? 私達の銀の左目は神々に通じていると。恐らくイミさん自身からは神々に情報を送っていなかったので危険とは判断されなかったものの、この村にはなにかあるとして情報が登録されてしまったのです。だから夢売りが3年も来なかったのです」
そう、それがデンジャーではなくコーシャンだった理由。
「どうします? まだイヌカイさんを質に私をここに留めますか? どうしてもと言うのであればこの村を危険地帯として神々に報告します。
そうなれば二度と夢売りはこの地に来ませんよ?」
すでに日が沈みかけて空を焼いた頃。
ミンが誰もいない広場で広げた薬を片付けていた所に、見慣れた人影がやってきた。
「酷い目にあったぜ」
開放されたイヌカイだった。
かなりきつく縛られていたのか、縄の跡がまだ腕や脚に残っている。
「ご苦労様でしたー」
「とんでもない連中だったな」
「あまり言わないで下さいな。私達の、夢売りの不審からの行動ですから」
「ところでよく分からんのだが」
「はい?」
「あの錫杖。結局、質になっていたのか?」
「いえー。確かに大切なものですが、だからといって村に留める鎖にはなりえませんね」
……実を言うと再入手可能ですしね、はい。
「って事は結局の所」
「イミさんは自分の意思で留まっていただけですね。たぶん、あの方と一緒にいる為に」
ミンが見ている方向にイヌカイも目を向ける。そこにはイミの血印者であった若者が遠巻きにこちらをみていた。
「それに村人達にもそれほど悪意はなかったと思いますよ」
「……質をとって留めようとしていたのにか?」
「まぁ、それは褒められた事ではありませんが、眠り粉を作るときに苦労しないようにと村を移動させるなんてそうそう出来ませんよ」
「む、村を移動させただぁ?!」
「はい。死の川の近く、それも小屋の近くに村があるなんて出来すぎですから」
彼らは彼らなりに便宜を図ったのだ。そして、イミはそんな人達だからこそ去る事が出来なかったのだろう。ミンはそう思っていた。
「色々ととんでもない連中だな。その努力を別に方向に使えば良かったのに。
それはそうと……」
「?」
ミンは首を傾げた。イヌカイが何か言い辛そうだったが、ようやく口を開いた。
「寿命の話だが――」
ああ、その事ですか。
いずれ聞かれる事だと思っていましたが。
「本当ですよ。私達は10年以上生きてはいけないのです」
「そ、そうか。で、だ。その……お前は後――」
イヌカイの鼻先を指で軽く弾く。
「なにをするっ」
「女性に歳を聞くのはマナー違反ですよ」
答えていたら、イヌカイさん。態度かわるのかなー?
そんな想像をしながらも、教える気はなかった。
悪趣味だからである。
クスクス笑いながら、ミンはまだ出しっぱなしの薬に向き直った。
「さぁ、さっさと片付けますよ。眠り粉はもう手渡しましたし」
「それはいいが、今夜はどうする? この村に泊まるのか?」
「私はそれでもかまいませんけど。村人達の方が居心地が悪いでしょう。川の小屋で夜を越しましょう」
「そうだな」
「薬はほとんど売れなかったので食べ物は保存食になりますが」
「気にしねぇよ」
薬を仕舞いおわってミンは木箱を背負った。
歩くたびに鳴る錫杖の音が、なぜか今日は悲しげに聞こえた。
ミンはふと立ち止まり、村を見渡した。
「ミン?」
「危うく忘れる所でしたー」
インターフェース、起動。視認地域の安全度をセーフティに変更をリクエスト。
OK、リクエスト、コンプリート。
第二章 完