夢売りのミン 第四章 夢売りと眠りの歌姫。−第02話






「おいおい、宿の主人が寝ていてどうするよ。物騒だな」
「たぶん、盗人も寝ている。そう考えての事でしょうね」

 起きる時間はバラバラだろうに。

 暢気な街だと、宿を見回しながらイヌカイは呆れていた。
 ふと、何やらミンがオロオロしている。

「どうした。今日はこの街で泊まるって言い出したのはお前だろう」
「あ、はい。でも、あれ」

 彼女が指差す方を視線で追ってみる。
 値段表だった。

 ああ、なるほどね。

「この街じゃ、貨幣が使われている訳か」
「困りました。私達一文無しです。これでは宿に泊まれません」

 イヌカイは鼻を鳴らして、カウンターに身を乗り出し、壁にかけてある鍵を手にした。

「あ、ちょっと。勝手に使っては」
「仕方ないだろう。主人が寝ているのだ。交渉しようもない」
「しかし、私達にはお金が――」
「なきゃ、作ればいいだろ。明日にでも」
「……作る?」

 意味が通じなかったらしい。彼女はきょとんとしている。

「いいから、部屋にはいって荷物を降ろすぞ。いい加減疲れた」
「って、ちょ、引っ張らないで下さい」

 一階は主人の住まいになっているようで、イヌカイはミンの背負っている木箱を片手で引っ張り上げながら、階段を登っていった。





 翌朝。イヌカイは人の声で目が覚めた。
 昨晩、あれほど人の気配がなかったのに、今は扉のすぐ向こう側で人が行き来しているのが分かる。

 まるで死と生の街だな。

 昨晩とのあまりの差にそんな感想を抱きつつ、相方が寝ているはずの方をみれば、木箱と錫杖ごといなくなっている。
 さっそく金を作りにいったらしい。

 どうせ、昨晩一日分だけなのだから、そんなに急がなくてもいいのによ。
 案外夢売りだと言ったら珍しがられて無料って可能性もなくもないしな。

 イヌカイは自分の荷物を引き寄せ、中から干しいもを取り出した。

 とりあえず、腹ごしらえだ。





「ですから、夢売り様が扱っているようなものは、この街じゃ売り物になりませんよ」

 困りましたね。思い込みというものは。

 薬屋の店主の言葉にミンは閉口した。
 どうやら、夢売りは眠り粉しか扱わないと思われているらしい。
 いや、それは概ね事実で、むしろそれ以外を商うミンの方が珍しいのだが。
 とりあえず、話が平行線でちっとも前へ進まない。

 仕方ないですね。

 作戦変更、段取りを踏むより実物で押すことにした。
 背負っていた木箱をいったん降ろし、中から印籠を取り出した。

「なんですか、それは?」

 てっきり、眠り粉が出て来ると思っていた店主は眉をひそめる。

「シビ蛇の毒に対する中和剤です」

 店主の表情が一変した。
 シビ蛇といえば一噛みされれば、助かる術はないとされる猛毒で知られている。
 ミンは印籠を空けて中身を見せる。中には丸薬らしきものがいくつもある。

「これを水に溶かして飲めば、死ななくて済みます。時間がない時はそのまま飲んでもいいです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! シビ蛇の毒は解毒不可能なはずだ。いくら夢売りとはいえそんな出鱈目を――」
「はい、解毒は無理です。ですから中和、正確には相殺するのです」
「そ、相殺?!」
「サソイ草ってご存知ですか? これの葉とがくに猛毒があるのですが、実はシビ蛇の毒と打ち消し合うんですよね」
「な、なんとっ!」
「噛まれてもいないのに飲んだりしたら、ただの猛毒なので注意が必要ですが。どうでしょうか?」

 上目遣いのミンに押されるように店主は一歩下がる。

「他にも色々とあるのですが……。ダメなら他をあたってみる事にします。他にも薬屋ありますよね?」

 印籠を仕舞って、木箱を背負うフリをするミンを店主は慌てて止める。

「ちょ、ちょっと待って下さい。買います。いや、買わせて下さい。他のも合わせて」

 店主の顔色が変わる。
 実のところ、先程の印籠以外は、質はともかく物珍しい薬があるわけではないが、ハッタリの効果は抜群だったようである。

「分かりました。では、こちらで卸させて頂きます」

 してやったり、そんな気持ちが表にでないよう苦労しながら、再び木箱を降ろす。

「あ、そういえば、この街では私共の眠り粉は使わないと聞いてはいますが、いつ頃からつかわれなくなったのでしょうか?」
「いつ頃から……ですか?」
「はい。チョウヨウさんの歌で眠り粉は必要なくなった、というのは理解出来るのですが。それ以前はどうされていたのですか?」
「どう、と言われても。あれ?」

 店主が首を傾げる。

「もう、随分と昔から今みたいになっていましたよ。この店を開いてもう20年近くになりますが、その頃からチョウヨウさんの歌で眠っていましたね」
「……はい?」

 今度はミンが困惑する番だった。






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