夢売りのミン 第四章 夢売りと眠りの歌姫。−第03話






 ここもか……。

 街の外れでイヌカイは腕を組んで考え込んでいた。
 目の前には井戸。正確に言うならば封鎖された井戸だった。
 上から板が打ち付けられ、つるべは取り外されている。

 先程聞いた話といい、見かけによらず気味が悪い街だな。

「こんな所にいたんですかっ」

 声に振り返れば、ミンがいた。なぜか木箱を背負っていない。

「ダメじゃないですか! 留守番して下さらないと」
「固い事言うなよ。どうせ今日発つのだろう」
「……いいえ」

 眠たげに見える細目に陰りが見える。

「しばらく、この街に逗留します。宿にはもう前払いで代金を払っています」

 木箱を背負っていないのは、宿に置いてきたのだろう。

「そうか」
「理由を聞かないのですか?」
「まぁ、宿に戻ったら色々聞くとは思うがな。ちょっと出歩いただけで胡散臭いところ満載だ。特にあのチョウヨウって女。気にかかる」
「……何がですか?」
「あの髪と目の色。どう考えてもこの地の生まれじゃない」

 かつて、故郷で大陸の北部に白い肌、金の髪、藍の目の人間がいると聞いてはいたが。

「どうやって、この街に来たのか。気になって何人かに聞いてみたら昔からいるって言うじゃないか、十何年も前から」
「私は20年以上前と聞きました」
「ほう? 俺の目には20代にしか見えなかったぜ」
「私も同感ですね」
「それにこいつだ」

 イヌカイは井戸を指差した。

「井戸……ですか?」
「適当に歩いていただけで3つだ。全部封鎖されている。たぶん探せば他でもあるぜ」
「なぜ、封鎖されているのでしょう?」
「聞いてみたが、有害な金属が流れ込んで使えなくなったって話だが」
「有害な金属……ですか」

 ミンは打ち付けられた板の隙間から中を覗き込む。

「イヌカイさん」
「なんだ」
「困りました」
「何がだ?」

 ミンが顔を上げた。
 心なしか銀の左目が輝いて見えた。

「流れてるのは有害な金属ではなく、死の川です」
「なんだと?」
「とりあえず、宿に戻りましょう。お互い、話を整理したほうがよさそうです」
「そうだな」





「そもそも、この街の位置そのものがおかしいと言えばおかしいのです」
「……位置?」

 イヌカイは眉をひそめた。
 二人は宿に戻ってお互いに得た情報を交換していた。

「イヌカイさん、前にあった死の川の位置。覚えていますか」
「覚えているかというわれてもな」

 おとがいに手をあて、記憶を探る。

「死の川を渡って随分たつが、そろそろ次の死の川が見えてもいいくらいだな」
「それですっ!」

 ミンは手の錫杖をイヌカイにむける。錫杖の輪が澄んだ音をたてる。
 イヌカイは反射的に仰け反った。

「危ないからこっちにむけんなっ!!」
「あ、すいません。つい」
「というか、宿の中でくらい、どっかにおいとけ。それ」
「いや、可能な限り手にしておく事。そういうルールになっているので……」
「あー、そうですか。で? 続きは?」
「……なんでしたっけ?」

 思わずミンの頭を叩きたくなった。

「次の死の川が見えてもいいくらいだなって――」
「そう、位置的にいえばこの九快の街がそのど真ん中なのです」
「……確かか?」
「大陸中央の神々の地から海に向かって流れているとはいえ、真っ直ぐながれている訳ではありませんので、ど真ん中というのは言いすぎかもしれません。
 ですが、街から見える範囲に死の川が見えないのは明らかにおかしいです」
「そうか? 流れているじゃねぇか」

 ミンが首を傾げる。
 お前が確認したのではないのか? イヌカイはそう言いたかった。

「井戸だよ」
「確かに中に死の川が見えました。不思議な事です。しかし、それとこれとは別では?」
「埋め立てた。という説はどうだ?」

 ミンが目を丸くする。

「ありえません。そもそも誰が埋め立てるというのです。死の川の影響を受けないのは夢売りと血印者だけ――」
「はぐれは?」
「?!」
「それとはぐれの血を飲んだ奴は血印者になるのか? そもそも血印者ってのは神人一人につき一人までなのか?」

 ミンが呆然としている。はぐれの存在がまったく想定外だったのだろう。
 だが、イヌカイは違う。
 彼は復讐者。その存在を一日たりとも忘れてはいない。
 ミンはイヌカイと違って立っていたが、やがて崩れるように腰を落とした。錫杖が壁に当たり、床に落ちる。

「……はぐれでも血印者を作る事は可能です。複数の血印者を作る事も可能です。でも……でも、多くても10人に満たないですっ」
「はぐれが複数なら? ……いや、はぐれ候補もいたなら?」

 ミンは口をつぐんだ。
 なにしろ夢売りの寿命は10年だ。それを憂いる夢売りがいたら? そして、それを言葉たくみにたぶらかすはぐれがいたら?
 イヌカイの脳裏には多数の血印者、そして夢売りを従えたはぐれが見える気がした。

「たしか、ミン。お前は左目を通じて神々から情報を得る事が出来――」
「もう行いました。不審な点は無し。でも、……夢売りの協力者がいるのなら情報を書き換える事は可能です」
「この街……、もしかしたら今俺達が思っている以上にヤバイんじゃねぇか?」
「ははっ、困りましたね」

 力なく笑うミン。
 支えてやりたいが、今のイヌカイの手には必要以上に力が漲っていた。
 村の仇。それに手が届くかも知れないからだ。






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