夢売りのミン 第四章 夢売りと眠りの歌姫。−第04話






 調査は翌日から始まった。
 九快の街を見て周ると井戸の数は10を軽く超えていた。
 ミンが板の隙間から覗き込む。

 インターフェース、起動。視認範囲拡大、精度最大。視認範囲内で死の川の成分とマッチするか、及びその映像化をリクエスト。

「どうだ? ミン」
「やはり、同じです。死の川です。それも流れています。死の川は生きています」
「死の川が生きている、か。皮肉だな」
「冗談言っている場合じゃないです」
「ああ、そうだな」

 意識したのではないだろう。
 しかし、イヌカイの目に宿る鋭い光に思わずたじろいだ。

「た、たぶん他にあったとしても同じだと思います」
「だろうな。飲み水は遠くの川から運んで来ているらしいが……街の奴ら、何の疑問にも思わないのか? この状況を」
「イヌカイさんの埋め立て説が正しいなら、この街ははぐれによって作られたと言ってもいいと思います。街の創設からあるから疑問に思わなかったのかも」
「封鎖当時ならともかく、ずっと昔からあるなら使えるかどうか確認したくなるものだと思――今、なんて言った?!」
「え?」

 つかみかかられない勢いで迫るイヌカイにミンの心臓が高鳴った。

 いや、困りましたね。なんだか分からないけど困りました。なんかドキドキするのですけどーっ。

「イヌカイさんっ、ちょ、ちょっと離れてください」

 頬が熱くなっているのを悟られないように距離をとる。

「あ。ああ、すまん」
「で、街の創設時からあるから住人も疑問に――」
「違うっ、その前だ」

 ……その前?

「この街ははぐれによって作られたと言ってもいい、ですか?」
「そうだ。もしそうなら、はぐれはなんでこの街を作った?」
「あっ?!」

 そう、理由だ。
 埋め立て、街を作り、創設時からある封鎖井戸。そして、チョウヨウの存在も。

「まるで謎です。ですが……」

 その謎の下には黒くドロドロとした気配が漂う。そんな予感がする。

「どうする? どんどん面倒くさくなっていくが、ほっといて次の村に行くか?」

 イヌカイが挑発的に言って来る。

 私の返答なんて分かっているくせに。人が悪いですよ、イヌカイさん。

「そうします。――なんて言ったら褒めてくれますか?」
「もしそうなら、ここでお別れだな」
「宿代は前払いしていますし、せっかくですからしばらくこの街を見学させてもらいましょう。表も裏も」

 イヌカイが笑みをうかべながら、肩を叩く。
 ミンも笑顔で返した。





 それから数日が過ぎようとしていた。
 何か手がかりを求めて二人は街を調べて周ったが、新たな井戸の他には何も見付からなかった。

「まぁ、早々に見付かるはずもないか」
「……」

 大通りを歩きながら、干し大根をほお張っていたイヌカイは、ミンが黙ったままなのに眉を潜めた。

「おい、どうした?」
「井戸……」
「まぁ、予想より多かったけど。どこも同じだったろ」
「なぜ、あんなあからさまなのでしょう。他の手がかりは見付からないというのに」
「……あからさま、か。疑って見ているからそう見えるのかも知れないが。もう一つ、考えられるとすれば」
「すれば?」
「例え、怪しまれてもああしておく必要があった。とも考えられる。何の為にと聞かれてもこまるがな」
「いえ、いい線いっているのではないかと思います。ただ……」
「何にしろ理由が分からねぇ、か。ん?」

 イヌカイは前から来る通行人の内で、まるで酔っ払いのように千鳥足の男に気付いた。
 偶然なのか、意図的なのか。男は二人に向かって歩いてきているように思える。
 反射的に腰の刀に手が伸びる。
 男が近づくにつれ、様子が尋常じゃないのに気付く。目はうつろ。口からは泡をはき。顔色は死人のように蒼白で。
 しかし、なによりも尋常じゃなかったのは、その男の様子に二人以外は誰も注意を払わない事だった。

「おぼろぉぉぉぉ」

 意味不明な声を上げて、二人の手前で男が倒れた。手足が痙攣している。

「イヌカイさんっ、気付け薬を出して下さいっ!」
「お、おう」

 ミンが背負った木箱を開ける、共に旅をするうちにどれが何の薬なのか、把握できていた。
 眠り粉と同じ小瓶に入っている深緑の液体の入った瓶をミンに手渡す。
 彼女は栓をあけて、それを口に含む。
 止める間もなく、ミンは男の唇に薬を流し込む。
 理由は分からなかったがなんとなく不快な気がした。
 やがて、手足の痙攣も治まり男の目の焦点もあってくる。

「あれ? 俺?」
「大丈夫ですか? 覚えています? あなたは倒れたのですよ?」

 ミンに言われ、男は困ったように頭をかいた。

「またか、今月2回目だぞ。まったく…」

 二人は顔を見合わせた。

 また?

「すいませんが、何か持病をお持ちなのですか?」
「いや、そんな大層なものじゃないですが。1〜2ヶ月に一回はあるのですよ、こういう事」
「……そういうのを持病と言うのじゃないのか?」

 呆れたようにイヌカイ。

「いえ、この街じゃ珍しくないのですよ。俺以外もみんなそうですし。風土病って言うのですかね? こういうの。目覚めたら特に状態が悪いという訳ではないので、もうみんな気にしなくなっているのですが……」

 確かに先程の死人のような顔色が今はすっかり普通。どころか頬が微かに上気している。
 ミンを見て照れている様子だ。

 こいつ、気付けの時の記憶が残ってやがるな。

 思わず蹴りを入れたくなるが、ミンがいる前ではそうもいかない。

「しかし、道理で誰も気にかけない訳だ」

 誰もがそうであるのなら。
 異常の中にあっては異常には気付けない。

 だが、俺達はそうでない。

「ミン」
「はい、一度宿に戻りましょう」

 彼女はイヌカイに気付け薬を手渡して、頷いた。





 その夜、いつものようにチョウヨウの歌が聞こえた。
 宿の中でそれを聞いていたミンは意識を外界から切り離した。

 インターフェース、起動。可聴音域拡大。可聴範囲でコード、及びコードと思わしきもののトリアージをリクエスト。

 ミンの左目が光を帯びる。

 やっぱり、ですか。いえ、もっと早く気付くべきでした。

「イヌカイさん」
「何だ? 何か困ったか?」
「いえ、たぶん、困るのはこれからです」
「……繋がったのだな?」
「はい」

 眠り粉ではなく、歌で眠る人々。封鎖された井戸。定期的に倒れる住人。そして、20年以上この街で歌い続けているチョウヨウ。
 全ての疑問の点が結びついてしまった。
 悪い方向に。

「明日、すべてに決着をつけようかと思います」
「そうか、では俺はそれにそなえて健全な眠りにつくとしよう」

 皮肉げにイヌカイは言って、眠り粉を取り出した。






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