夢売りのミン 第四章 夢売りと眠りの歌姫。−第05話






「おや、おや。向こうもケリをつける気でいそうだな」
「そのようです」

 イヌカイが目覚めてすぐ、宿を出たが街に人がいない。
 宿の他の人間がそうであったように、今だ目覚めていないのだろう。
 二人は大通りをまっすぐ街の中央へ向かう。
 行く先は舞台、その壇上にいる人物。
 二人はそこに彼女がいないと微塵も思ってはいない。
 街の人間が目覚めていないのが、招待状がわりだ。
 そして、その予想に違わず彼女――チョウヨウはそこにいた。
 ただ、予想になかったのは街の住人と思われる者達が数名いた事だ。全員帯刀してはいるものの、その目は虚ろだった。

「これはこれは。こんな朝早くから夢売り様に血印者殿もどうされました。
 とっくに街を出ていると思っておりましたが」

 ワザとらしく壇上のチョウヨウが微笑んで迎える。彼女の片手には三叉の片側を折らずに伸ばした形の槍を手にしている。

「チョウヨウさん。あなたは血印者ですね?」

 それは質問ではなく確認だった。
 チョウヨウは口角を更に上げる。

「なぜ、お分かりに?」
「もっと早くに。出合った時に気付くべきでした。私が知らない言葉という思い込みが気付きを遅らせました。
 あなたは歌っていた訳ではない。コードを声で発行していただけ。それをごまかすために歌らしく偽装した。
 詩そのものに意味はなかったんですね」
「……銀目を持つ神人が良く見破れた、と褒めるべきかしら」

 チョウヨウから笑みが消えた。
 コード、それは神々が定めたインターフェースを通じて、様々な情報、機能を呼び出す音なき言葉。神人の銀の左目よりインターフェースに対して発行する事により意味を持つもの。

「封鎖された井戸の内部に人間には手の届かないはずの技術で作られた機器を発見しました。
 恐らくあなたのコードを受け取る端末。そしてそれで死の川の成分を大気中にばらまいたんです。
 私達には効くはずもない。死の川の耐性をもっているのですから」

 ミンはチョウヨウ以外の住人達を見渡した。

「死の川から有害な成分を除き、適切な濃度に精製したのが眠り粉。死の川そのものを毎晩吸い続けていれば肉体の機能に障害が出て当たり前。しかも、それだけじゃない」

 ここにいる街の住人達は今だ夢の中にいるのだろう。しかし、コードによって死の川の成分を操作する事により、チョウヨウの操り人形と化しているのだ。

「この街は、死の川を使った巨大な実験場。人間であるあなたが人間を操る悪夢の街」

 チョウヨウは馬鹿にするよう鼻を鳴らした。

「神々の人形が偉そうに説教かい。人間を操る? 神々とやらがやっている事とどこが違うというのさ」

 ミンの細い目がさらに細められた。

「神々の人形。その言葉で確信しました。それははぐれ神人の常套句。あなたに血を与えたのは夢売りではなくはぐれですね。いったい、何者ですか?」
「さぁね。名前くらいしか知らないわよ。この街は私が来た時にはすでに出来ていた。不老と引き換えに、教えられたコードを発行する事、それが条件だったわ。
 取引して数年はたまに顔を出していたけど、その後は姿を見せなくなったわ」
「そのはぐれの名は?」
「カク。そう名乗ったわ」

 そして、チョウヨウはミンにむかて槍先を向けた。

「で、改めて聞くけど何の用? 夢売り。ここにあなたの居場所はない」
「たしかに居場所はない。私達だけでなく、この街全ての人に。
 あなたが発行したコードには死の川の氾濫を防ぐものが含まれていた。あなたの歌がなくなれば、ここは死の川にいずれ戻る。
 チョウヨウさん。あなたがはぐれから受け取った力の返却を求めます」
「断れば?」

 物別れは分かっていた。仮にも女性が不老の力を手にし、いまさら返せと言われて返せるものではない。
 それ以上に、不老の力を失えば肉体は急速に本来の年齢に戻ってしまう。

 我ながら残酷な要求をしていますね。

 ミンは背の木箱を降ろし、突きつけられた槍を迎え撃つように錫杖をかまえる。

「夢売りの名にかけて、偽りの安らぎをばら撒くものより、不当な力を徴収しますっ!」






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