夢売りのミン 第四章 夢売りと眠りの歌姫。−第06話






 ミンが壇上に駆け上がるのを確認してから、彼女を背にイヌカイは抜刀する。
 街の住人達ものろのろと抜刀する。
 幸い、イヌカイの前方にしか街の住人はいない。

「イヌカイさんっ、手加減が難しいようでしたら、自分の命を第一に考えてくださいっ!」
「……いや、そこは殺さないで下さいとか言うところだろ?」
「私は、こんな所でイヌカイさんを失いたくありませんっ」

 さらっと言ってくれるよ。こいつは。

 イヌカイは頬をかいた。少し赤くなってるかも知れない。
 それをごまかすように刀を街の住人達に向けた。

「という訳だ。と言っても聞こえちゃいないだろうが、手加減出来るかどうかはお前ら次第だ」

 それが合図だという訳でもなかったのだろうが、街の住人達はいっせいにイヌカイに襲い掛かった。





「ほらほら、どうしたのさ。夢売り様。徴収するのではなかったの?」

 槍の攻撃をなんとか錫杖でさばくものの、槍の特殊な形状から突き、払い、どちらの攻撃も刺突と斬撃が同時に来るので厄介であった。
 その上、攻撃が早くて重い。それは女性の、いや人間のものではなかった。

 不老以外にも色々とダウンロードしているみたいですね。
 困りました。

 血印者が死の川に対する耐性を得る仕組みは、神人の血を通じて、神人の中にある死の川の成分を無効にするモジュールを自身にコピーするようになっている。
 だが、血印者自身にモジュールに対する親和性があれば、それ以外のモジュールもコピーできてしまう。
 中には夢売り自身すら使用不可能なモジュールですら、だ。
 夢売りは護身用として、錫杖を用いた戦闘用モジュールを使う事が出来るが、チョウヨウのそれはミンが使用しているものの数段上の汎用戦闘モジュールだった。

 そんなもの人間が制御出来るはずもないですが、それを制御可能にするモジュールまで持ってそうですね。

 もとより、声でコードを発行するというとんでもない事をした女だ。もう少し用心するべきだった。
 起きていた街の人間達はチョウヨウの護衛ではなく、始めからミンとイヌカイを分断させる為にいたのだ。
 それは1対1ならば夢売りに勝てるという自信からくるもの。
 しかし、ミンはむしろ彼女自身より、その背後の影に戦慄していた。

 恐らく、全てはカクというはぐれの入れ知恵ですね。

 死の川を埋め立て、街という実験場を作り、いつか街の秘密を暴く、夢売りに対抗する人材を配置。
 いったいどこまで、そのはぐれの手の平の上なのか。

「そらっ」

 槍が頬を掠める。
 延びた槍が戻る前に距離を詰めようとするミン。
 しかし、槍の戻りがあまりにも早い。
 反射的に頭を下げると、紙一重で槍の刃が通り過ぎる。
 眼前を切られた髪の毛が木の葉のように舞う。
 ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間。

「?!」

 錫杖に衝撃が走った。
 チョウヨウが錫杖自体を攻撃したのだ。
 まったく予期していなかった攻撃に、うでが衝撃を受け切れなかった。

「あっ!」

 錫杖がミンの手を離れ、壇上から落ちてしまう。

「ここまでね。夢売り様」

 チョウヨウは槍を構えつつ、口角を吊り上げた。





「くそっ」

 ミンの苦戦は分かっていてもイヌカイは下がれなかった。
 うかつに助力にむかえば、今相対している街の住人をまで押しかけるだろう。
 いくら、一人一人は大した戦力ではないとはいえ、劣勢のところに敵が増えるというのはまずいだろう。
 だが、なによりもイヌカイを躊躇させたのは二人の常軌を逸した動きだ。
 イヌカイは剣術を学んだわけでなく、ただ腕力で刀を振り回しているにすぎないが、壇上で争う二人とはもはや比較不可能なくらいの格差があった。
 劣勢のミンですらそうであるのだから、いまさらイヌカイが入った所で足手まとい。
 ――そう思っていた。
 錫杖がミンの手から離れるまで。
 それを見た瞬間、まるで時間が過ぎるのが遅く感じられた。

 いや、気のせいじゃねぇ?!

 街の住人達の動き、自らの鼓動、ミンに向かって槍を構えるチョウヨウ。その全てが遅くなっていた。
 このままではミンは串刺しになってしまう。
 しかし、遅くなっているのはイヌカイ自身も同様だった。
 走った所で間に合わない。
 しかし、身体が勝手にチョウヨウに向かって刀を構えていた。

 なんだ? 俺は狂ったのか? 何をしようとしているのだ?

 このまま刀を振り下ろした所で空振りするだけだ。
 ただ、例えるなら食べ物を咀嚼し飲み込むように、例えるなら落ちている小石を拾うように、例えるなら刀の間合いの外側にいるチョウヨウを切るのを思い浮かべるように。
 まるで出来るのが当たり前、そんな確信があった。

 狂っていようがかまうものか、俺達の旅はまだ終わっていないんだっ!

 イヌカイは刀を振り下ろした。






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