「は?」
何が起きたのか、チョウヨウにはすぐ理解出来なかったようだ。
ミンに向かって槍を突き出したはずなのに、腕は伸びきったはずなのに、槍の位置が全然変わっていなかったから。
ミンは呆然と呟いた。
「……飛斬?」
槍が壇上に落ちる、そして柄は握られたままだった。手首から先だけが。
「いやぁぁぁぁ」
腕から噴出す血に取り乱すチョウヨウ。
インターフェース、起動。私のモジュールライブラリから私を除いたアクセス履歴をリクエスト。
「そんな……」
インターフェースが返した答えは予想した通りであり、そして予想を超えていた。
「お、お前か。お前がやったのかっ?!」
チョウヨウはイヌカイを見やる。
「そうだ。俺がやった。俺がお前の手を切ってやったのさ」
「おのれぇぇぇっ!!」
瞬く間、その言葉通り瞬きする間の時間でチョウヨウはイヌカイの寸前まで迫っていた。
切られたのは槍を持っていた右手。そして左手の指先からは尾を引く光が放たれている。
「イヌカイさんっ、避けて!!」
あの光に囚われれば、五体は容易くバラバラに切り裂かれてしまうだろう。
囚われれば。
チョウヨウの左手は空を切った。
たぶん、チョウヨウには消えたように見えただろう。
イヌカイは身長の倍近い高さを跳んでいた。
先程、確認したモジュールライブラリのアクセス記録。飛斬、高速思考、そして各種戦闘用モジュール。様々なモジュールにイヌカイのダウンロード履歴が残っていた。
そのほとんどが、ミンには扱えない。いや、ほとんどの神人が扱えないはずのもの。
それは神々の護衛である神兵用モジュールだった。
「てめぇは仇じゃねぇが。俺の相棒を殺させる訳にはいかない。悪いな」
声に反応する間も与えず、空間跳躍攻撃モジュール飛斬により、チョウヨウの首が切り落とされた。
「無事か、ミン」
自分の手でチョウヨウ切っておいて無事かもないものだが。
「はい、大丈夫です。イヌカイさんこそ」
「ああ、大丈夫……と言いたい所だがな」
「?」
「いったい、俺に何が起こったのだ?」
いつも眠たげに目を細めているミンの目が見開かれていた。
「ひょっとして、自覚ないんですか?!」
「いや、なにか、周りが遅くなったり、刀を振ったら届かない場所が切れたりしたのだが……」
ミンが嘆息している。
「なんだよ」
「呆れているだけです」
彼女は壇上から降りて錫杖を拾い上げる。
「どうやら、指示を出す彼女が死んだ事で、彼らも解放されたようですね」
ミンの言葉通り、イヌカイに向かって刀を振り回していた街の住人達はただ立ち尽くしている。そして、次々と刀を地面に落とす。
「あぶねえな」
落ちた刀を遠くに蹴り飛ばす。これで倒れても大丈夫だろう。
「とりあえず、一段落か?」
イヌカイは刀を鞘に納めた。
「そうですね」
「この街はどうなる?」
「いままでのように歌で眠る事は出来なくなりますし、死の川の氾濫を抑えていた力もなくなりました。……いずれこの街は死の川によって消されるでしょう」
「街の住人はどうなる?」
「異変に気付いて街を去る。そう期待するしかないです。少なくとも、私達の話を信用して下さるとも思えません」
「そうだな」
ミンは木箱を背負う。
「恐らくもうしばらくすれば、街の住人の目が覚めるでしょう。その前に街をでましょう」
「ああ」
先にミンが歩きだし、イヌカイは首だけになったチョウヨウを一瞥してからミンの横に並んだ。
第四章 完