夢売りのミン 第七章 夢売りは神々の元へ。−第04話
気付いたのはジンが待ち伏せしていた村での事だ。
眠り粉で倒れている村人に扮した血印者を斬って捨てようと、一撃目はわざとかわせるように斬った。起き上がらせミンにただの村人ではない事を証明する為。
だが、二撃目で相手が距離を取るより先に、斬り捨てるよう動けるはずが神兵用モジュールは反応しなかった。
相手が非武装だったからだ。
神兵用モジュールは非武装の相手を攻撃は出来ても、追撃、反撃の類は出来ない。
それがイヌカイの出した答えだった。
そもそも、神々の護衛を直接するような神兵の相手が、非武装などとはありえないからだ。攻撃だけできるのは障害物などを除去する為だろう。
それが神兵用モジュールを使う者に対して一度だけ使える隙。
見事にやり遂げたな、ミン!
確認するまでもない。
レンの表情、鈍る動きが全てを物語っている。
「どうした! お前の相手はこの俺だぞ!」
「う、うるさい!」
小柄な身体と、間合いこそ短いものの、速さで勝るレンの攻撃は脅威であったが、他に気をとられては、その脅威も半減する。
元々インターフェースを通じてモジュールを自在に扱えるレンが有利だったこの戦い。
事実、レンには傷一つないが、イヌカイはどれも軽症ですんでいるが、斬られた跡が残っている。長引けば出血で不利になるのは必然だったが、ここにきて風向きが変わった。
心理面でレンを圧倒しつつあった。
大振りな一撃を踏み込みつつ放つ。かわされるのは承知の上。
しかし、これでお互いの位置が反転する。
常にカク達の様子をみながら戦っていたレンは唇を噛んだ。あまりにあからさまな意図にまんまと乗ってしまったからだ。
さて、今度は俺の番だな、ミン。
彼女は見事に期待に応えて見せた。
分が悪いどころではなかった賭け。その賭け金を受け取り、今度は自分の分を上乗せして賭ける番だ。
イヌカイの賭けはさらに分が悪い。
だが、やりとげる。
その為にここまで来たのだ。
「舐めるなっ!」
レンが激昂した。
イヌカイが飛斬を放とうとしていたからだ。
奢ったたか? 精神面で優位にたったと思い上がってっ。
レンは姿勢を低くしてイヌカイに迫る。
飛斬はその性質上、暗器に近い。敵の位置を知り、その性質を知るものなら、相殺は元より、かわす事も決して不可能ではない。
かくしてイヌカイの飛斬はレンに触れる事もなく、そして、レンの刃は下から上へとイヌカイの胸板を切り裂いた。
今までのような小さな傷ではない。致命傷とまではいかなくても勝負はついた――はずだった。
再び、お互いの位置が反転した時、レンは気付いてしまった。
たしかに勝負はついた。
カクの死によって。
岩場に転がるカクの首を見やりもせずにミンは語りを続けた。
「あなたを倒す。そんなつもりは毛頭ありませんでした。
なぜなら、あなたはイヌカイさんの仇。イヌカイさんの村の仇。
イヌカイさんの手で、それは成し遂げなければ意味がありませんでしたから」
それを聞き届けたように、首のないカクの胴体が崩れ落ち、死の川へと落下する。
死の川に落ちた錫杖を拾う事すらせずにミンは川岸に下りた。
そして、残ったはぐれ達、血印者達に告げた。
「あなた方はどうします?」
「おのれぇぇぇ」
悪鬼。それがレンを見て脳裏に浮かんだ言葉だった。
放とうとしているのは飛斬。
恐らく読まれているとか、そんな考え、理性は残っていないのだろう。
憎き目の前の男から大切なものを奪ってやろう。ただ、それだけだろう。
単にはぐれの国を作るだけなら、カクは必要ではない。
インターフェースの使えるレンさえ生き残っていれば可能だったはずだ。
つまり、レンにとってカクははぐれ達の目的以上の存在だったのだ。
事情は知らない。知る必要はない。
イヌカイの放った斬り下ろしの一撃が、飛斬の発生よりもはやくレンの刃を持つ手を切り落とす。
そして、すぐさま神兵モジュールを意識より切り離し、無防備な首をはねた。
殺す相手の事情など知ってどうするというのだ。
イヌカイは残ったはぐれ達、血印者達に刃をむけたが、彼らは散り々々に逃げ出した。
刀を鞘に納め、ミンの待つ場へ歩を進める。
彼女は細い目をさらに細めて待っている。
今、全てが終わったのだ。
たった一つを残して。
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